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子どもの頃に信濃町へ。30年前の移住生活はドラマのようだった!?カフェとロケバス事業を展開する「らんぷ屋」横田さんにインタビュー

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子どもの頃に信濃町へ。30年前の移住生活はドラマのようだった!?カフェとロケバス事業を展開する「らんぷ屋」横田さんにインタビュー

信濃町の特産品とうもろこしの路面店が立ち並ぶ「もろこし街道」のさらに奥。森の中に佇む可愛らしい山小屋風の「カフェらんぷ屋」は、1990年に移住してきた横田さん家族が1992年から営んでいます。信濃町では今でこそ移住が珍しくなくなりましたが、30年前の移住生活とはどんなものだったのでしょうか。

長野県信濃町のカフェらんぷ屋
長野県信濃町のカフェらんぷ屋

こちらのカフェには私も何度か訪れたことがありますが、「旅や市兵衛」というロケバス事業も運営されているそう。カフェとロケバスという、一見つながりのない事業を経営しているのはなぜなのか? とてもユニークな事業展開をしている「株式会社らんぷ屋」を取材しました。

今回のインタビューはこの人

株式会社らんぷ屋の横田愉実さん

横田 愉実(よこた よしみ)さん

茨城県出身。1990年にご両親と兄妹の5人家族で信濃町へ移住。ご両親の営む「株式会社らんぷ屋」で取締役を務めている。

家がない!水道もない!

長野県信濃町のカフェらんぷ屋の店内

──ご家族で信濃町に移住してきたのは1990年とお聞きしていますが、移住のきっかけを聞かせてください。

横田さん:

両親が知り合ったのが長野県の志賀高原だったんです。そこのスキースクールで仕事をしていたんですが、結婚してからは茨城県で暮らしていたんですね。子どもたちも生まれて、ふとしたときに「どこかに土地を買ってみようか」と思い立って、志賀高原からいつも見えていた黒姫山の近くがいいんじゃないかと。ここを選んだというよりは……多分この辺なんじゃないかなって適当に買ったらしいんですよ(笑)。当時はバブルの頃なので、軽い気持ちで買ったみたいです。子どもたちも環境に合わせて育ってくれるだろうし、来てみようか? という、ほぼ思いつきですよね。

──下見もせずにですか?

横田さん:

ほとんどしてないと思います。今じゃ考えられないですよね。スキー場も近くにあって、サンデースキーヤーにもなれるし、どこに行っても仕事くらいあるだろうと思ってたみたいです(笑)。

──すごい行動力ですね!(笑)。実際に来てみて、どうだったんですか?

横田さん:

とにかく何もなくて、両親は逆のカルチャーショックを受けた、というのは聞いてます。

──逆の、というと?

横田さん:

移住する前に暮らしていたところは、人口も多くて、アパートもたくさんあるし、幼稚園は選びたい放題だし、子育て支援制度もいろいろあったり、すごく先進的な場所だったんです。でも、信濃町に来たら、自分たちが子どものときと同じ環境だったと。まるでタイムスリップしたみたいだったそうです。

しかも、県内に親戚がいない人は家を借りられないというのが当時のスタンダードで、家が建つまでの間、どこも借りられなかったんです。しばらくのあいだは、2拠点生活でした。

──ええっ!? それは大変でしたね……。

横田さん:

その頃の信濃町では、おじいちゃんおばあちゃん同居の世帯がほとんどだったので、核家族に対する公的な援助のシステムもなくて。何かと夜の集まりが多く、みなさんご夫婦で参加されて、子どもはどうしてるのって聞くと、おじいちゃんおばあちゃんに預けていると。うちの両親は子どもの預け先がなくて、苦労したそうです。

株式会社らんぷ屋の横田愉実さん

──確かに昔は、そうでしたね。そんな状況で、どのようにして暮らしを成り立たせていったんでしょうか?

横田さん:

母は専業主婦で、私たちは保育園にしばらく行かずに育てられました。森の中に行けば遊べる環境があったので、自然の中で育ちました。都会にいると外出するだけで何をするにもお金がかかりますが、ここではお弁当とおにぎりを持って外に出たら、一日中遊べましたから。でも、うちの土地には水道が引かれてなかったんです。

──水道もなかったんですね!?

横田さん:

町の水道が上がってきていなくて。地区で管理してる水道組合に(本気で暮らしていくことを)認めてもらえるまでは、しばらく水道なしの生活でした。毎日、近くの農園さんに行って水を汲ませてもらったり、雨水を溜めて濾過してお風呂のお湯を作ったりとか(笑)。

──まるで何かのドラマの世界じゃないですか(笑)。

横田さん:

今では笑い話です。

──でも、その当時は必死ですよね。

横田さん:

覚悟はしていたので。移住して半年くらいは、その生活が続きました。冬の前には水道のある暮らしができるようになり、本当にありがたく思っています。私は水を汲みに行ったことや、お風呂を求めて温泉巡りをした記憶が残っているだけなので、楽しい思い出になっています(笑)。

ないからこそ、工夫ができる。生きている楽しさが感じられる町

長野県信濃町のカフェらんぷ屋の店内

──その頃は移住されてくる方は少なかったんですか?

横田さん:

ペンションを経営するために移住する方はいらっしゃいました。でも、移住ではなく、避暑のための別荘にしている方がほとんどで、冬になったら信濃町からはいなくなるという。当時は、Iターンなんていう言葉もないですし、憧れの都会からわざわざ田舎へ移住してくる人は珍しかったので、うちの家族は、すごく変わった人たちだと思われていたと思います(笑)。

──自然の中での生活に憧れる方が増えてきている今の感覚とはぜんぜん違いますね。今の信濃町の生活はいかがですか?

横田さん:

自分で車を持つようになって特に感じるのが、都会のように歩いていれば何でも揃う便利な生活になりすぎない、「程よい不便さ」のあるところがいい町だなと思うんです。はじめから全部が揃っていると、何も考えることなく受け入れるだけで、考えて工夫する機会が減ってしまい、生きていくための力が育たないな、と。「ないものがあったからこそ、自分たちが成長できた」と両親は言っていますし、今もそういうところが信濃町で暮らすよさだと思います。

昔とちがって今は新幹線も高速道路もあって、病院だったり行政のシステムもしっかり整っています。あとは、少しだけ自分が力をつければ、ちょっと頭を使えば、生きている楽しさを感じられる町だなって思います。

今このとき、ここでしか採れないものを

長野県信濃町のカフェらんぷ屋の店内

──らんぷ屋という名前を聞いて、ランプのお店だと思っていました。

横田さん:

ランプも売っています。社名は、兵庫県にあった父の実家の屋号からもらいました。その名の通りランプ商をしていて、ランプや灯り、あとは燃料を売る仕事だったそうです。信濃町に来たときは、事業をすると決めていたわけではないんですが、何か始めることがあれば「ランプ屋」の名前を使おうかと話していて。お店を始めた当初はランプは売っていなかったんですが、「この名前なのに、なんで売らないの?」とお客様から言われて、じゃあランプも売ってみようかとお店に置き始めました。

──では、開店した当初は何のお店だったんですか?

横田さん:

移住してきて2年ぐらいたった頃に、ドライフラワーが流行り始めて、自分たちもリースとかを作ってみたんです。それを、母が働いていた近所のとうもろこし農園さんに置かせてもらったら、売れていったんですよね。「自分でお店をやってみたらいいんじゃない」「ここで商売を始めなさいよ」と農園さんにも言われて、とうもろこし販売も手伝いながら、その隣に改造したコンテナを置かせてもらって「らんぷ屋工房」の名前でお店を始めたんです。ドライフラワーの他にも父の作った木工作品を置いてみたりして。今でいうハンドメイド雑貨ですよね。

──はじめはカフェではなく、雑貨屋さんだったんですね。そこから、どのようにしてカフェになったんでしょうか?

横田さん:

戸隠にあったアイスクリーム屋さんで食べたアイスクリームがすごく美味しくって。当時は、道の駅もコンビニもないし、アイスクリームを売っているところもなかったので、うちの店で出してみようかって、そこから飲食業をスタートさせました。はじめは、メニューもアイスクリームとコーヒーくらいしかなかったんですが、時代とともにカフェの需要が増えていった感じです。

──メニューを考えるときに何か大切にしていることってありますか?

横田さん:

他のお店と似たようなことをするのが好きじゃないのと、ここに来るお客様は時間をかけてここまで来てくださる方が多いので、どこにでもあるものではなく「今このとき、ここでしか採れないもの」を出すようにしています。

長野県信濃町のカフェらんぷ屋のイチジクのタルト

──だから「季節のタルト」はそのときによって変わるんですね。

横田さん:

そうなんです。この時期に一番美味しいものは、今しか出しませんっていう。次に来ていただいたときには、そのときに美味しいものを提供したい、と。長野県のよさってそこだと思うんです。無理して他から取り寄せてまでやらなくても、その時期の美味しいものが身近にたくさんあるんですよね。

季節のタルトを始めたきっかけは、今でこそ、当たり前の言葉になっているので珍しくもないですが、フードロスをなくすためでもあったんです。うちの庭で採れるブルーベリーが採れすぎちゃって、ジャムは作ったし、じゃあタルトもやってみようかっていうことで。でも、長く保存できるものでもないし、お客様にたくさん食べてもらえばいいやって(笑)。ブルーベリーを山盛りにして出してみたら、すごく喜んでいただけて。そしたら今度は、桃を近くで売っている方が、うちに来て「捨てるだけだから、もらってくれないか」って。少しでも傷が入っていると売れなくなりますし、傷みやすいので、ブルーベリーと同じように山盛りにして出したんです。すごく美味しい食材なのに、捨ててしまうのがもったいないなっていう思いがあって始めたんです。

──「山盛りのブルーベリー」や「かぶりつきドッグ」というメニュー自体にインパクトがありますよね。

横田さん:

インパクトも大切にしています。メニューも父が何か面白いのないかなってパッとひらめきで考えたりとかするんです。自家製ソーセージは「こんなの丸ごと1本、1人で食べないよ」っていうサイズをそのまま出すとか(笑)。

長野県信濃町のカフェらんぷ屋の自家製ソーセージ
自家製ソーセージは、カフェのショップでも販売している。お土産としても人気。

必要とされたときに役に立てる存在でありたい

旅や市兵衛さんのロケバス

──カフェは身近ですが、ロケバス事業というのが少し珍しいお仕事ですよね。どのようないきさつで始められたんですか?

横田さん:

母がお店を始めた頃に父も黒姫でスキースクールを始めていまして、20年目ぐらいのときに、一年通してスタッフを雇用できるようにしたいと思うようになったんです。スキースクールって冬の季節だけの季節労働なので、働く側からすると夏の間は別の仕事を探さないといけないんですよね。それで、同じ観光業として、人を呼び込むためのバス事業をすることにしたんです。起業塾にも一期生として父と2人で通いました。

※「起業塾(起業等人材育成支援事業)」とは

信濃町で新しい事業を起こす起業家の方、または既存の経営の改善・変革となる「第二の創業」を目指している経営者の方、若手経営者及び後継者、幹部育成のために、経営者としての心構え~収益性・資金調達方法~経営計画(ビジネスプラン)作成までを具体的な起業事例等を交えながら、体系的に学ぶ機会を提供し、参加者の起業等に対する包括的な支援を行ないます。

起業等人材育成支援事業(信濃町)

──プライベート用の貸切バス事業として考えていたんですね。

横田さん:

でも、ちょうどそのタイミングで貸切バスの運賃設定基準が上がってしまったんです。これじゃあ、家族の旅行ではとても払える金額じゃない、現実的じゃないねってことになって。そんなときに、たまたまカフェの取材に来てくださった県内のテレビ制作会社の方がうちのバスを見て「これってロケバスに使えるから、ロケバス始めたらいいんじゃないか」と。東京のロケバス協会にも聞いてみたら「長野はロケバスがなくて結構困ってるんだよ」と言われて、すぐロケバスについて勉強してみたら、本当に持っているバスがピッタリな車ばかりで。

──実際に始めてみてどうでしたか?

横田さん:

最初はロケそのもの自体をよくわかっていなかったので、依頼主であるテレビ制作会社の方々から何を求められてるのか、見極めができるようになるまで時間がかかりました。あとは、ここに頼んでよかったって思ってもらえるくらいの強みを持つことに力を入れました。

──その強みとは何でしょうか?

横田さん:

道に詳しいのはもちろんですが、それよりも業界のことに慣れていることです。ロケに必要なレンタル品も豊富です。撮影に必要な機材を全部運んでこなくても、新幹線で人だけ来れば、すべてここで揃うほうが便利ですよね。「長野のロケで困ったときは『旅や市兵衛(株式会社らんぷ屋)』」というくらい、制作会社から電話が必ずかかってくる会社にしようと日々、強化し続けています。

──そういえば最近、信濃町を含めて長野県をテレビでよく見かけるようになりましたよね。

横田さん:

少なくとも、長野でロケをしやすくなったことにおいては、うちがなんらかの役に立っていればいいなと思います。都内から日帰りできるロケの場所として長野県は、ちょうどいい距離感だと思います。さらに、ロケバス会社があるとなれば、なおさらですよね。コロナ禍の昨今は特に、遠距離の移動を避けるため、以前なら北海道に行っていたはずのロケが長野県になっていたりするんです。

旅や市兵衛のロケバス

──バスの利用は、一般の方はできないのでしょうか?

横田さん:

一般の方も、いつでもウェルカムですよ。結婚式の送迎や研修旅行でもご利用いただいています。ロケバスがメインですが、一般の貸切バス事業でもあるので。2021年は、スクールバスのひとつの路線を助けることもしていました。何か信濃町の役に立てることがあれば手伝いたいと思っています。

──そうだったんですね。

横田さん:

一般需要も増えていけばいいなと思い、2020年10月、国内旅行事業ということで旅行業の登録をしたんです。宿やエアチケットの手配、添乗員をつけた旅行プランを計画したり、バスを使わなくとも旅行全般のお手伝いが可能になりました。

らんぷ屋の今後

カフェらんぷ屋のドリンク

──進化を続けてきた「らんぷ屋」ですが、今後の展開として何か考えていることはありますか?

横田さん:

フードロスが注目されるようになって、タルトだけでなく、加工や製造関係を強化していきたいなと思っています。加工の仕事はシーズン問わずに働けるという面もあるので。カフェのほうでは、平日のみ昼前から夕方までの営業スタイルにしているんです。子育て中のお母さんたちに、長く続けていただける環境をもっと整えていきたいです。

──ロケバス事業のほうは、いかがですか?

横田さん:

映画やテレビ番組など関わった仕事を公開前に宣伝できないという難しい部分もありますが、らんぷ屋でロケバス事業をしていることを、まずは知っていただきたいなって思います。「らんぷ屋って何やってるんだろう」って、信濃町のみなさんに思われているかもしれませんよね(笑)。いろいろな場所をバスでウロウロしてるなって(笑)。ですから、地元に貢献したり、さきほど言ったようなスクールバスで学校と関わらせていただいたりして、信濃町の子どもたちとも繋がっていきたいなと思っています。

──テレビの番組制作に興味ある子は多いと思います。職業体験とかいいかもしれませんね。

横田さん:

いいですね。面白いと思います。スクールバスの運転手さんだと思っていた人が、実はテレビ番組の制作に関わる仕事もしているって知ったら、興味をもつ子どもたちもいるかもしれませんね。あまりメジャーな仕事ではないですが、こんな仕事もあるんだって、早いうちからもっと知ってほしいですね。

何もないところから作り出す面白さ

長野県信濃町のカフェらんぷ屋のハンバーガー

本当に何もないところから、たくさんのものを作り上げてきたお話には、終始驚かされました。「ないなら、自分たちでやってみる、作ってみる」という行動力と直感力があったからこその経営スタイルなのかもしれません。カフェは冬季は休業していますが、オンラインストアにて自家製ベーコンやソーセージ、ジャムなども購入可能です。

カフェらんぷ屋

Webサイト:https://lampya.net
住所:長野県上水内郡信濃町柏原4648-1
営業時間:10:00〜16:00
定休日:土曜・日曜・祝日
戸隠街道の森に佇む山小屋風カフェ。源流水を使用したドリンク、自家製ソーセージやベーコン、旬の果物を使ったタルトも人気。ランプや雑貨も販売。冬季は休業。2022年の営業は4月中旬からの予定。

旅や市兵衛

Webサイト:https://www.ichibeh.jp
長野県のロケバスではパイオニア的存在。長野・新潟・岐阜・富山エリアで、地域に熟知したスタッフと熟練ドライバーがロケをサポートしている。2020年10月より旅行事業もスタート。

株式会社らんぷ屋

信濃町にて1992年創業、2013年法人化。スキースクールと小売業・飲食業からスタートし、現在はバス事業・飲食事業・旅行事業の3部門からなる。

町民ライター Ayaco*

信濃町出身。大阪で舞台役者や人形劇団の活動を経て、2014年に夫と長男とともに信濃町へUターン。現在、3人の年の差兄弟の育児に奮闘中。昔から得意だったイラストの仕事をしながら、人形劇の上演もしています。在住者だから見えてきた信濃町の魅力をママ目線で伝えたいと思っています。

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