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ありえない信濃町通信

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スノーボードを「する」立場から「教える」立場に。地元にUターンして仕事が180°変わった

ありえない、仕事

スノーボードを「する」立場から「教える」立場に。地元にUターンして仕事が180°変わった

ここ、ありえない、いなかまちの信濃町では、冬になると、「雪国」を発揮し、深い雪に覆われます。
冬の間は普通に生活をするのも「ハード」な状況になるこの町で、町民たちは一体どのような働き方をしているのでしょう。

農業など自然を相手に商売を営む人たちは「季節労働」という働き方があるのをご存知でしょうか。信濃町には、除雪の仕事、スキー場の仕事など、「雪国」ならではの仕事がいくつも存在します。

今日は、夏と冬、それぞれのアウトドアレジャーの仕事をされている上原さんに、信濃町ならではの働き方について聞いてきました。

■今回のインタビューはこの人

それでは、いってみましょう~

 

東京でプロスノーボーダーを目指す

勉強がしたくて東京の大学に

==信濃町を出る前は、どのような暮らしをされていましたか?どれくらいでスノーボードを始められたのでしょうか?
実家は信濃町の黒姫高原にあり、親に連れられスキーは3歳からやっていた。
親父は建設業をやっていたのだけど、冬は建設の仕事が無くて、スキー場のインストラクターだったので。

スノボに出会ったのは小6の時で、大会に出るようになったのは中1くらいから。
中学高校時代は、よく親父に大会やゲレンデに連れて行ってもらっていましたね。
スノーボードは、ハーフパイプの競技にハマって、ひたすら練習に励んでいました。

==そこから、長野を出て東京に行くきっかけは何だったのでしょう?
大学進学です。
経済学にすごく興味があって、純粋に勉強したかったんですよね。
だから勉強をするために大学へ行きました。まわりは「就職のため」に大学に行っていた人も多かったけど・・・。

大学時代は、勉強以外では、スノボをがっつり頑張っていた。
夏休みに1ヶ月スイスにスノボの練習しに行くこともあったり、成績も長野県の強化指定選手に選抜されるところまでいった。

プロを目指してバイトをしながらスノーボードの活動

==大学卒業後は、どのような進路に進んだのですか?
大学卒業後は、「冬の間はいなくていいよ」と言ってくれるバイト先で、オフシーズンに貯金をしながら、冬の間は長野を拠点に各地のスノボの大会に出ていた。
大学の同級生たちは、みんな就職していったけど(笑)

母親からは「就職しなさい」と言われていたんだけど、地元の友達や先輩は、季節によって仕事を変えていたり自営業が多かったから、就職しないことに対しては自然と抵抗が無かった。

スノーボードで飯を食う

拠点を韓国へ

==プロを目指して活動をされていた時は、どのような生活をされていましたか?
ひたすら大会にエントリーしたり、練習したり、だった。
国内での成績は、全日本の大会の決勝まででした。

オフシーズンは雪を求めて海外に行って練習していた。
海外遠征した時は、同じ目的で来ている人が多いので、いろんな国のスノーボーダーたちと仲良くなれるんですよね。


==英語もできるんですね。
いや、言葉は適当な英語で(笑)
でも、なんとかなる。

スイスで知り合った韓国人スノーボーダーから誘われて、27歳からは韓国で活動をするようになった。
韓国では 1回の大会での優勝賞金は10万円くらい。
スノボのインターナショナルスクールを手伝っていた。しかも、住むところも提供してくれたんですよ。

韓国での結果は、シーズンで大きな大会で2回優勝。
10回くらい出て、予選落ちしたのは1回くらいだったかな。

また、スポンサーの仕事として、新作ウェアのカタログに入れる写真の撮影なんかの仕事もありましたね。2泊3日でパーク貸し切って。


28歳のワンシーズンは、スノーボードで稼いだお金だけで飯を食っていた。
この時が、スノーボーダーとしての自分のピークだったかもしれない。

10年間過ごした東京から長野へ戻る

帰国、そしてすぐに長野へ

==長野に戻るきっかけは何だったのですか?
シーズンが終わり韓国から戻ってきた時に、オフシーズンに働かせてもらっていた会社が倒産したんですよ(笑)
条件もお金も良かったから、仕事を失って現実を知った。

まぁ自分は一人っ子だから、長野いつ戻ろうかなって考えていたから、いい機会だし戻って地元で仕事しようかなって割り切れましたね。
スノボ仲間は、みんな長野にいたし。

==長野に戻ってどんな仕事についたのですか?
戻ってきてすぐは、知り合いの紹介でゴルフ場でコース管理の仕事をさせてもらいました。2年間くらいやっていたんだけど、朝は早いし芝刈り草刈りはトレーニングになるから、当時はすごく規則正しい生活だった(笑)
3年目から人員削減で呼ばれなくなって、辞めてしまったけど。

その後が、今やっているキャンプ場の委託管理の仕事。
これは町の求人を見ていて、たまたま見つけたんですよ。

実は、実家で少しだけ宿泊業をやっていたから、仕事のイメージもついていた。
給料も、このエリアの相場よりも若干高くて、すぐに申し込み、採用されました。

長野市が本社の会社で、このキャンプ場は1人で管理しています。

湖楽園キャンプ場(http://michikusaboo.wixsite.com/korakuenn/home


==キャンプ場の管理人のお仕事ってどんなことをされるんですか?
予約の管理から受付、バンガローの掃除、備品の管理、ゴミの処理、など、すべてですね。
あと、300人規模のアウトドアウェディングの会場として使ってもらったりすることもありました。

夏の間は、休みは1日も無い。
まぁ、さすがにお客さまが、完全にいない日は休みだけど(笑)

真夏のハイシーズンでは、利用者の数は1日200人くらい。
あと、GWと、お盆と、シルバーウィーク、だけは本社からの応援を呼ぶこともあります。
さすがに1人じゃまわらないですから。

 

冬シーズンの仕事

==冬の間は何のお仕事をされているんですか?
キャンプ場が、4月16日から10月末までの営業なので、冬は個人でスノボのインストラクターの仕事をしていた。
学生時代もやっていたし、韓国でも教えていたので。スキー場に所属して、仕事をもらっていました。

スノボの技術を落としたくないので、韓国から戻って少し休んでいたけど、また大会にも出るようになりました。
最近の結果だと、全日本スノーボード協会の、日本一のアマチュアをきめる大会で17位。
あと「ながの銀嶺国体」という県内の大会があるんだけど、そこでは年齢別で優勝でした。

新しい挑戦

スノーボードスクールの開校

==優勝ですか。すごいですね! 仕事においては何か新しい取り組みなどありますか?
これまでは、個人のインストラクターとして活動していたんだけど、インストラクター資格を取って、正式に「認定校」という形で、スノーボードスクールを開校しました。
今は、個人のインストラクター時代にお世話になったタングラムスキーサーカスさんに、認定のスクールとして所属させてもらってます。

スノーボードスクールの仕事は、自分でインストラクターをするだけではなく、インストラクターを雇い、指導をして、プログラムを作ったり、仕事を取ってきたり管理することまでやります。
あと、韓国時代にインストラクターとして教えていた経験のおかげで、海外のお客さまからプライベートレッスンの相談があった場合は、英語でスクールができるので、紹介をいただけています。最近のスキー場は、海外からのお客さまが多く、特にアジア圏の人が多いように感じますね。

==経験が活かせましたね(笑)
今シーズンは、インストラクターをもっと集めたいと思っています。
修学旅行などの団体のお客さまの引き合いも増えているので、しっかりとしたインストラクターをそろえる必要があります。
個人でインストラクターをやっていた頃は、「自分さえよければ」という考えだったけど、今では自分だけじゃなく、他のインストラクターの教え方まで、責任もってやらないといけない。
あとは、とにかく生徒が怪我をしないように、細心の注意を払っています。

田舎では「自分が何者であるか」がよくわかる

信濃町に戻ってみて

==東京からUターンしてきて、いかがですか?
ここでは、自分が何者であるかわかる。

どこかに所属していたとしても、個人として見られます。
どこの田舎でも、そうかもしれないけど、みんな一人ひとりが個人商店のような感覚。
だから、自分が主役になれる。

東京では、自分が何者かわからない人がたくさんいると思います。
そういう人たちは、田舎に来てみらたら気づけるものがある。
今やっている仕事に不満がある人も、田舎でなら自分で仕事をつくることもできる。

ここでは、人生での「居場所」を見つけられると思います。
仕事や、拠点や、住まいや、いろいろ。

自分がそうだったから。

 

ありえない、いなかまちで、自分を見つけよう

プロスノーボーダーから地元に帰ることで、新しい道を見つけた上原さん。
学生時代から持ち続けていた目標は、180°視点が変わったけれど、好きなスノーボードに携われている上原さんは、とてもキラキラしていました。
好きなことをやるのに、方法は1つではないということを体現されていましたね!

さて、ありえない、いなかまちでは、仕事を探そうとすると多くは見つかりませんが、仕事をつくろうと思ったら、唯一無二の存在になれるものが多いです。
生き方を探している方は、一度、信濃町に訪れてみませんか!

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