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ナウマンゾウ研究の先にあるのは「人類が生き抜くヒント」その答えを子どもたちに託したい

ありえない、田舎

ナウマンゾウ研究の先にあるのは「人類が生き抜くヒント」その答えを子どもたちに託したい

信濃町を知る人も知らない人も、こんにちは。
長野の山奥にある「ありえない、いなかまち」それが信濃町です。

「ナウマンゾウ」って聞いたことありますか?

ナウマンゾウは、信濃町のシンボルになっていて、町のいたるところにモニュメントを見かけます。
今日は、信濃町とナウマンゾウの関係について、野尻湖ナウマンゾウ博物館の近藤館長に、お話をうかがってみました。

■今回のインタビューはこの人

 

信濃町にナウマンゾウ?

はじまりは、およそ70年前

第一発見者は、信濃町町民の加藤松之助さん。
1948年、加藤さんが野尻湖の湖畔を散歩していた時に、ナウマンゾウの臼歯を見つけました。


最初、それが何なのかわかりませんでした。
その後、京都大学に運ばれ、それがナウマンゾウの臼歯だということが京都大学で実証され、学会に発表されました。


「どうやら信濃町には昔、ナウマンゾウがいたようだ。」
ということが広がり、1962年にナウマンゾウ発掘のために「野尻湖発掘調査団」が結成されました。

 

地方に博物館を作るのが難しい時代


こうして、信濃町ではナウマンゾウの発掘調査が始まりました。
当時は「中央集権」の時代なので、地方で発掘された化石は東京の博物館に持って行かれるのが当たり前な時代でした。

「地方創生」なんて言葉すら無い時代です。


しかし、そんな社会の流れがありながらも、保存、研究、普及の活動ができる拠点を地域に設けたい、そんな想いから野尻湖ナウマンゾウ博物館が完成しました。

 

今年で53年目。発掘作業はこの先も続く


2年ごとの3月に、野尻湖のほとりで発掘作業が行われています。
これまでに、のべ22,000人もの人が発掘調査に訪れました。


第一回目の発掘作業に参加していた中学生は、もう定年をしていると思います。
子どもの頃、ここで化石を発見したことがきっかけで、高校の地学の先生をしているという方もいらっしゃいます。


また、この3月にも、新しい歯の化石が発見されました。
毎回、なにかしら見つかるので、「まだあるのか」と驚かされます。


野尻湖では、これまでに、およそ50頭のナウマンゾウが見つかっています。

 

信濃町はナウマンゾウの狩場だった?


このように、信濃町では、たくさんのナウマンゾウの化石が見つかっています。
そして、湖のほとりには、ヒトが生活をしていた痕跡も見つかります。

ナウマンゾウとヒト。


同じ時代に、この場所に人類が存在していたのか、残念ながらまだ実証はできていません。


しかし、近藤館長は「ここは、きっとナウマンゾウの狩場だったと思うんです」と語る。

【1】当時のヒトは、ナウマンゾウを狩って食べていた
【2】ナウマンゾウの時代には、この地にはまだヒトがいなかった

2つの説。
あなたは、どちらだと思いますか?

 

ナウマンゾウは日本固有種のゾウ

ナウマンゾウは日本中にいた?

信濃町では多くのナウマンゾウの化石が発掘されますが、ナウマンゾウは日本中に生息していました。
もちろん東京にも。


日本橋の地下や、中央区の公園からも見つかっています。


西日本では、瀬戸内海からも多く見つかっています。
知っていましたか? 
瀬戸内海は、当時、陸だったんですよ。

きっとそこには、ナウマンゾウの楽園があったのでしょう。

 

ナウマンゾウの研究が役に立つ


日本固有種であるナウマンゾウの研究は非常に重要なんです。

中国大陸から来たとされていますが、中国ではほとんど見つかっていません。
ナウマンゾウを研究することで、日本列島に渡ってきて、発展し、進化し、そして絶滅したという一連の過程がわかる。


いま、日本列島では様々な生き物が絶滅に瀕しています。
ナウマンゾウを研究することで、他の生き物を守るために、何らかのデータを提供できるでしょう。

 

未来を生き抜くヒント

自然環境の変化

ナウマンゾウがいた頃は、猛暑、豪雨、火山の噴火、地震など、大きな自然イベントが当たり前のようにありました。
その後、大きな自然イベントが少なくなっていく時代に、ヒトが増え、人間の社会が繁栄しました。

これから地球は、ナウマンゾウの生きていた時代のように、自然が大変動する時代に入るかもしれません。


当時、生き物がどのように滅び、どのように生き残ったのか。
人類が自然環境の変化に対して、どのように対処していたのか。


それらの答えは、すべて私たちの足の下にあります。
地層を研究することで、未来を生き抜くヒントを見つけることができます。

 

子どもたちが未来をつくる


これから起こるかもしれない自然が大変動する時代を人類が生き抜くには、子どもたちに知識と経験を得る機会をつくってあげることが重要です。


信濃町で2年に一度、3月に行われるナウマンゾウの発掘調査も、1つの例です。

子どもの頃から、自然について学び、五感で体験させる。
そして、自分たちが住む地域の過去について学び、大きな自然イベントが発生した時にヒトがどう乗り越えてきたのかを知ることです。

自然に親しみつつ、身の危険の判断ができる子どもを育てていきましょう。

 

ありえない、いなかまちで、世紀の発見を。

ナウマンゾウがなぜ絶滅したのか、まだわかっていません。
それは、もしかしたら人類が生きていくためのヒントにもつながるかもしれません。

きっと子どもたちが、将来これを発見をしてくれると思います。


ナウマンゾウの研究は、成果を急がず、次の子どもたちの世代に「世紀の発見」を残してあります。
是非、野尻湖ナウマンゾウ博物館に来て、一緒に歴史を学びましょう。

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