
ありえない、暮らし
子どもたちのためのサードプレイス。「なからブンコ」が紡ぐ信濃町の新しいコミュニティ
長野県信濃町。黒姫山の麓に広がるこの町で静かな通りを歩いていると、子どもたちの楽しげな声が響いてくる場所があります。それが「なからブンコ」です。
子どもたちが放課後に自由に過ごせる場所をつくりたい——。2023年の夏、一人の女性の想いから試験的に始まった小さな取り組みは、今では地域の子どもたちだけでなく、関わる人々の大切なコミュニティとして、この町になくてはならないものとなりつつあります。
今回はなからブンコとその発起人である益田さんの物語をご紹介します。
なからブンコは地域の子どもたちの新たな居場所

ある日の午後、柏原保育園の隣に建つ「ハナアカリ」でなからブンコが開催されると聞いて、訪ねてみました。室内に入ると、元カフェだったその場所には、本や遊び道具が並べられ、複数のボランティアさんが準備をしながら、和気あいあいと話をしています。

午後3時を過ぎると、下校途中の子どもたちが次々にやってきて、慣れた様子で自分のお気に入りの場所にカバンを下ろします。各テーブルでは、本を読む子、宿題に取り組む子、タブレット端末を見つめる子、紙粘土で遊ぶ子・・・それぞれが思い思いの時間を過ごしています。


なからブンコは、地域の小中高生が誰でも立ち寄ることができる居場所として、月3回程度その扉が開かれています。ボランティアの方々が、子どもたちを優しく見守りながら、時には宿題のサポートをしたり、一緒に遊んだり、お話し相手になったりしています。子どもたちには無料のおやつや飲み物も用意されており、それが楽しみのひとつにもなっているようです。
都会での経験が導いた、いなかまちでの新たな挑戦

なからブンコに訪れる子どもたち一人ひとりに声をかける女性、それがなからブンコを運営する「コヒロバプロジェクト」の代表・益田さんです。
益田さんの出身は大阪。2022年にそれまで住んでいた東京からご家族とともに信濃町に拠点を移した移住者です。東京では、小学校での支援やNPOでの障害児福祉に10年余り従事していたという彼女は、子どもたちの個別の相談対応も多く経験しており、現代の子どもたちが抱える「息苦しさ」を目の当たりにしていました。その経験から、子どもたちがゆるりとした時間を過ごせる「第三の居場所」が重要と肌で感じていたと言います。
「子どもっていろんな顔を持っています。学校では学校での顔、家では家での顔がある。もちろん家が一番リラックスしていると思いますが、学校でもなく家でもない場所で、なおかつ安心していられる場所で、また違う顔になれることがあります。子どもの心の成長には、そういった機会がきっと必要だと考えています」(益田さん)

移住して、なにか自分にできることで信濃町のみなさんのニーズに合うものはないかと考えたときに、「はじめは自習室のようなスペースを作ることを考えました」と益田さん。しかし、ビジネスとしての実現は難しく、模索している中で、新しいものを作るより先に親子が集まる場所で人手が足りていないところで働く方が貢献できるのではないかと考えるようになりました。町の木育ルーム「なかよし」で相談員として働いたり、小学生対象の放課後子ども教室を手伝ったりしながら、町の子どもたちや保護者の状況への理解を深めていたところ、この地域特有の課題に気づきます。それは、この町が豊かな自然に囲まれた素晴らしい環境がありながら、子どもたちが放課後に自由に過ごせる場所が限られているということです。
「信濃町には図書館がありませんし、信濃小中学校では放課後に残って遊ぶことができません。学校から自宅までの距離が遠い子が多く、お迎えのバスやタクシーの時間があるので、その時間に帰らないといけない。そして下校後は自宅以外に過ごす場所がない小中学生が多いという現状が、複数のご家庭にご協力いただいた調査の結果から見えてきたんです」(益田さん)
自然が豊かで遊び場が多そうに見えても、野生動物の問題や冬季の積雪など、大人の目の届かないところで子どもたちだけで自由に遊ぶことは難しい現実があります。それをなんとかするために、公的な制度を利用しなくても、子どもたちが気軽にアクセスできる居場所が作れないかと考えたところ、思いついたのが「なからブンコ」でした。
想いが形になるまで

ちょうどその頃近所で手に取ったチラシで、長野県には子どもの居場所づくりを支援する「信州こどもカフェ」という補助金制度があることを知った益田さんは、初期投資やランニングコストをあまりかけずにボランティア活動をベースとした取り組みをスタートしてみようと考え始めました。
「駅前のレンタルスペース『モトホンヤ』なら一日単位で場所を貸してもらえると知人に教えてもらい、早速問い合わせてみると、子どもが出入りしてもOKとのこと!じゃあとにかく2~3回やってみよう、誰も来なければやめればいいという気持ちで、試験的にスタートすることにしました」(益田さん)
そうしてついに、2023年の夏休みになからブンコの初回の開催が実現したのです。
各所からの協力を得ながら、取り組みは着実に成長

初回の利用者は5人ぐらいだったのが、子どもや保護者の口コミ、スタッフの呼びかけなどで少しずつ利用する子どもの数が増えてきました。それととともに、町内でのなからブンコの認知度も徐々に上がっていき、益田さんに力を貸してくれる人も現れました。
「来てくれる子が増えてモトホンヤさんが手狭になってきた頃、とてもよいタイミングで室内の遊び場を提供するリブラントさんが『冬の間なら施設を使っていいよ』と声をかけてくださり本当にありがたかったです。雪の季節は 、広いリブラントさんでのびのびと過ごさせてもらいました。


そして2024年の春にはハナアカリさんもお店だった場所を1日単位で貸してくださると言ってくれたので、4月以降毎回お借りしています」(益田)
信濃小中学校からアクセスしやすく、外遊びもできる場所の確保ができたことで取り組みは安定。さらにうれしいことに、おやつの寄付をしてくれる方や差し入れを持ってきてくれる方も多くなっていきました。
「補助金だけではなかなかいろんなおやつを購入する余裕はないので本当に助かっています。中でもとくし丸の安藤さんからは、夏場にはアイス、冬は毎年クリスマスにホールケーキをたくさん差し入れていただき、子どもたちは大喜びでいただいています」(益田さん)
様々な協力者に支えられながら、なからブンコは今では毎回約20名の子どもたちが利用する場所へと成長を遂げました。
子どもたちの成長を見守るボランティアの存在

町内の協力者以外に、なからブンコの活動を支える大きな力となっているのが、町外から通う熱心なボランティアの存在。これまでに関わってくれたボランティアは10名を超えると言います。その中の一人、信州大学教育学部の4年生である佐藤優紀菜さんは、教員を目指す若者の視点から活動に参加しています。
「大学3年までで教育実習が終わり、4年生になって時間的に余裕が生まれたので、教員になる前にこの時間を使ってボランティアをして自分を成長させたいと考えました。なからブンコでは子どもたちとの関わりを通じて、教育実習では得られない貴重な経験を積んでいると実感しています」と佐藤さんは語ります。特に佐藤さんが教育実習や大学で得難いと考えているのが、保護者や幼児との関わりです。

「なからブンコでは保護者の方と話す機会があるのがとても良い経験になっています。学校のクラスごとの違いの話や宿題の話など、何気ない会話から勉強になることがたくさんあります。
また、隣が保育園なので、お子さん連れの親御さんが保育園帰りに来られることもあります。幼児さんが絵本を「読んで~」と持ってきてくれたので、読み聞かせをしたことがありますが、大学ではそんな機会がなかったのでとても印象に残っています。
なからブンコにはいろんな年齢の方がいるのが特徴だと思いますし、そのような場づくりをしている益田さんを尊敬しています。大学でもなからブンコのことを周知して、ボランティアを後輩に引き継いでいきたいです」(佐藤さん)
いろんな年齢層が行き交う新しいコミュニティとしての発展

年齢層が様々なのは利用者だけでなく、ボランティアもしかり。仕事の休みに来てくれる社会人ボランティアのほか、高校生のボランティアも多いと益田さんは言います。なからブンコではボランティア情報サイトでボランティア募集をしていますが、その募集を見て近隣だけでなく、茅野や塩尻など遠方の高校生から連絡が来ることも。
「遠すぎるし、交通費も出せないと伝えるのですが、『どうしても行きたいので行きます』と言って来てくれるのです。なからブンコ自体は高校生も過ごせる場所なので、ボランティアをしてもらってもいいし、自分が勉強したければ勉強道具を持ってきてやってもらってもいいよと伝えています。そうしたら放課後の子どもたちが来るまでの間は自分で勉強していたり、私と受験の話をしたり、大学生のボランティアと大学の話をしたり。高校生にとってはボランティアとしての経験が積めるだけでなく、いろんな大人と話せる機会にもなっているようです。
そんな風に、子どもたちだけじゃなくてボランティアさんも混ざり合って、なからブンコに来る人が縦・横・ななめと関わり合うことができる場になっていくのがうれしいです。私が意図的に引き合わせなくても、人が集まれる物理的な場所と仕掛けさえあれば、勝手にそういう場として広がっていくことを実感しています」(益田さん)
「恩送り」と子どもたちの笑顔が活動のモチベーション

なからブンコでは、場所が開いている間は子どもたちが何時間過ごしても料金はかかりません。県からの補助金は子どもたちのおやつ代や遊び道具代、会場費として使われており、益田さんをはじめとする運営スタッフもボランティアスタッフ同様に無償で活動をしています。その意欲の根源は、益田さん自身の子育て経験だと言います。
「子育てしていた頃の私は、たくさんの方たちの力を借りなければ、毎日笑って暮らすことはできなかったと思います。当時力を貸してくれた方たちに、直接恩返しできればいいのですが、実際にはなかなか叶いません。だから、私がいただいた恩は後の世代に贈ろうと思うようになりました。私たち親子がたくさんの方からの手助けと愛情のおかげで元気でやってこれたのだから、その恩は今子育て真っ最中の親御さんや子どもたちに、と」(益田さん)

子育ての当事者である保護者たちは「こんな場所がほしい」という想いがあっても、日々の生活で手一杯。新しいなにかを始め、さらにそれを継続させるのは容易なことではありません。だからこそ、なからブンコへはそんな保護者たちからの感謝の声が絶えないのです。
「子どもたちが一日の終わりに『今日は楽しかった』と思う日が増えるといい。その一心で始めたので、なからブンコに来てくれた子たちが楽しそうに遊んでいるのを見ているだけで、私は元気をもらっています。むしろ私のほうが子どもたちに『ありがとう!』という気持ちですね」(益田さん)
なからブンコが目指す未来

なからブンコを運営するために利用している「信州子どもカフェ」の助成を受けられるのは3年という上限があります。また、訪れる子どもたちの数が増えるにしたがって、スペースの問題も生まれてきます。なからブンコを今後も継続運営していくために、乗り越えなければいけない課題は複数ありますが、それでも未来を見据える益田さんの目は輝いています。
「子どもたちにたくさん来てください、と言いたいけれども、現状はスペースに限りがあります。今後ニーズが増えるようであれば、将来的にはさらに広いスペースで、その範囲の中の好きな場所で子どもたちがのびのびと過ごせるようにできたらと考えています。
移住してきてから地域のいろんな人と知り合うことができたので、そういった方の才能やお力も借りながら、習い事のような形なのか、なにかしらおもしろいことができたらな、と夢が膨らんでいます」(益田さん)
おわりに

田舎での子育ては自然の中でのびのびと、近所のおじいちゃんおばあちゃんに見守られながら、というイメージを持つ人も少なくないと思いますが、自然が豊かだからこそ逆にできないことがあったり、人口が少ないのでエリアごとにコミュニティが分断されていたりという側面が実は存在します。
なからブンコが行っている、学童保育や図書館とは異なる新しい形の子どもの居場所づくり。それは分断されてしまったコミュニティをつなぎ合わせる作業なのかもしれません。
なからブンコの取り組みは、まだ始まったばかり。しかし、この小さな場所から、子どもたちの笑顔の輪が広がっています。移住者の目線から新しい取り組みが次々に始まっている信濃町で、あなたの新しい暮らしを始めてみませんか?
なからブンコ 主催:コヒロバプロジェクト 開催日・場所の情報はInstagramをご確認ください Instagram : https://www.instagram.com/nakarabunko/ ボランティアに関する情報:https://activo.jp/articles/99521 |