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町酒場たまき店主インタビュー:「自分らしく」を求めて─Uターン移住が導いた信濃町の新たな居場所

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町酒場たまき店主インタビュー:「自分らしく」を求めて─Uターン移住が導いた信濃町の新たな居場所

長野市から車で30~40分。豊かな自然と四季折々の魅力にあふれる信濃町。この町に生まれ育ちながら、いったん町の外へ出て、数年を経てUターン移住を決意した一人の若き店主がいます。信濃町の荒瀬原出身の静谷さんは現在、古間商店街で「町酒場 たまき」という居酒屋を構え、新しい風を吹き込もうと奮闘中です。今回の取材では、静谷さんの幼少期の思い出からUターン移住のきっかけ、そしてこれからの展望までを伺いました。静谷さんのストーリーから見えるのは、「地方に戻ってくる」という選択肢が持つ大きな可能性と、信濃町が持つ懐の深さでした。

プロフィール

工業高校卒業から一転、飲食の道へ

静谷さんは信濃町で生まれ育ち、長野市内の工業高校を卒業後、当初は大手産業車両部品メーカーの工場勤務を選択しました。きっかけは「安定しているから」。しかし、2008年のリーマンショックを機に勤務形態が急変。週休4日になるほど景気が落ち込み、一時は愛知県の大手自動車工場へ出向するという経験もしました。

「車は人の命にかかわるから、とにかくミスが許されない。ライン作業は余裕がなく、精神的にもきつかったですね。リーマンショックで『安定』の神話も揺らいだとき、いっそ自分のやりたいことをやろうと思ったんです」(静谷さん)

思い切って工場を退職してからは、長野駅前の九州料理居酒屋にアルバイトとして飛び込みます。オープニングスタッフとして入ったその店は「店長主義」で、メニューや仕入れ先、価格までも店長が自分の裁量で決められるという自由さが魅力でした。店長を任されるようになった静谷さんは、実質的な経営者のような仕事を経験するうちに居酒屋経営に強い興味を抱き、本格的に飲食業界での道を歩み始めます。

静谷さんが九州料理居酒屋に勤めていた頃の様子

「実は高校のときから漠然と『バーやりたいな』とは思ってました。音楽も好きだし、友達が集まれるような空間に憧れがあったんですよね。でも実際に働いてみると、バーより居酒屋のほうが自分に向いてる気がして。和食が好きだし、『みんなでワイワイできる場』がちょうどいいんですよね」(静谷さん)

静谷さんは店長として大きな実績を残しました。赤字を出したことがないという店舗運営の手腕が評価され、元同僚で、すでに開業していた先輩から「2店舗目を任せたい」と声をかけられます。こうして2015年にオープンしたのが現在も長野市で営業を続ける「長野地酒居酒屋 しずや 〜静屋〜」。雇われ店長の立場でありながら、コンセプトやメニューをイチから考え、自分らしい店づくりを追求する日々を送りました。

台風19号とコロナ禍…続いた苦難

順調だったかに見えた飲食店経営。しかし長野市の「静屋」を買い取る形で独立した2019年、大きな試練が襲います。台風19号の被害で北信地域は大きな打撃を受け、長野駅周辺も自粛ムードが強まりました。

「ちょうど会社の飲み会や宴会が控えている時期に、大勢の方が被災されてしまい、『こんな時に飲み会どころじゃない』という空気が広がったんです。キャンセルが相次いでしばらく仕事がない状態。営業再開したくても、人がなかなか出てこない。駅前の飲食店同士で炊き出しをやったりしましたが、やはり自粛ムードは根強かったですね」(静谷さん)

当時炊き出しをしていた団体のロゴ。「あの頃は何かできることはないか必死で考えていました」と静谷さんは語ります

そして続くのがコロナ禍です。外食自粛や営業時間の短縮要請などで、飲食店は大打撃を受けました。静谷さんも新店舗の計画を進めていた矢先に大きく舵を切らざるを得ませんでした。テイクアウトを始め、自らポスティングを行い新たな客層を探る日々。周囲の店が次々と閉店を余儀なくされる中、踏ん張り続けました。

静谷さんが当時ポスティングで使用していたチラシ。お店の人気メニューを自宅でも楽しめるように、試行錯誤を繰り返したそう

「そこで考えたのは、自分の店が『誰にとって必要なのか』を改めて明確にすること。たとえば大人がちょっとカッコつけられて、落ち着いて食事やお酒を楽しめる空間。ビルの4階という『行きづらさ』を逆手に取って『隠れ家』に演出してみたり。そうやって戦略を練り直すことで生き残りを図りました」(静谷さん)

Uターン移住の決断と、戻ってきた信濃町

そんな静谷さんが信濃町へUターンしたのはコロナ禍まっただ中。お子さんが小学校に入るタイミングで「そろそろ定住先を決めたい」と考えたことが大きなきっかけでした。

もともと静谷さんの奥さんも長野県内の出身。家族で落ち着いて暮らせる環境を求め、思い切って地元信濃町に戻ることにしたのです。

「地元なので勝手がわかると思っていましたが、いざ戻ると『意外と『ゼロからのスタート』でしたね。とはいえ、自然や人間関係のあたたかさは心地いい。さらにそこに海外観光客などのインバウンド需要も出てきていて、びっくりしました。昔住んでいた頃と比較すると、思った以上に新しい流れができているんだなって」(静谷さん)

一方で、信濃町では気軽に外食できる店が少なく、家族向けのレジャー施設も限られると感じることもあると言います。子連れで遊ぶとなると長野市や近隣市町村へ足を運ぶことが多いそうです。しかし静谷さんは悲観的ではありません。

「子ども中心の生活になっているからこそ、町の魅力づくりに貢献できる余地があるんじゃないかと思っています。自分が飲食店をやることで、『信濃町に行ったらこんなお店もあるよ』と子ども連れの家族が気軽に利用できる環境を作りたいですね」(静谷さん)

信濃町で店を構える理由と苦労

静谷さんは現在、信濃町の中心部に居抜きで借りた店舗を活用し、居酒屋を営んでいます。すでにある店舗をそのまま活かした「ローリスク」の開業に大きな魅力を感じたからです。

「長野駅前でやるとなると、家賃や広告費だけでも月30万円単位の出費。でも信濃町ならその数分の一に抑えられる。もちろん人口や観光客の数は少ないですが、その分『ちょっとでもウケたらすぐリピーターになってくれる』土壌がある。さらに地元の食材を活かしやすい環境もあって、自分のコンセプト次第では面白い展開ができると思いました」(静谷さん)

取材日は平日にも関わらず満席でした

長野市のように競合する店舗がひしめき合う場所では「生き残るための戦い」が激しく、いかに埋もれずにアピールするかが課題。一方で信濃町は数店舗しか居酒屋がないため、他店との共存が重要だと語ります。

「地域のお店みんなで盛り上がって、外食に行きたくなる町にしたい。だから競争よりも協力が大切だと思っています。特に信濃町の人は家で飲むのが上手。そこにどうアプローチするかはまだまだ手探りですが、少しずつ『たまには外で飲もうか』となるきっかけを作っていきたいですね」(静谷さん)

地域とのつながりと食へのこだわり

「牛もつ鍋」は冬の定番メニューのひとつ

静谷さんの料理はもともと九州料理の店で培った技術がベースになっています。もつ鍋などの看板メニューを提供しつつ、地元信濃町の食材を取り入れることも大切にしています。たとえば、町内の酒蔵の日本酒を扱ったり、自身で畑や山へ出向いて採る「ぼたごしょう」「とうもろこし」「ねまがりたけ」など信濃町ならではの特産品も積極的にメニューに生かします。

「わざわざ『地元食材を使います!』と構えなくても、自然と取り入れられるのが信濃町のいいところ。『採れたから使おう』って流れになるし、客さんにとっても『ここでしか味わえない料理』になるのが喜ばれています」(静谷さん)

信濃町内、長野県内の酒蔵を中心に、日本酒のラインナップも豊富。

地域住民との何気ない会話や、観光客が飛び込みで訪れたときの驚きの声が、静谷さんにとっては何よりのモチベーションなのだとか。

未来への挑戦──「この町にないもの」をつくりたい

そんな静谷さんが今後挑戦したいと考えているのが「ラーメン屋」や「大衆食堂」のような新たな業態です。地元の人々が昼食や夕食を気軽に楽しめるような場所を増やすことで、暮らしの選択肢をさらに広げたいと語ります。

「夜の居酒屋だけじゃなく、昼の外食の選択肢が少ないのも事実なので、気軽に立ち寄れるラーメン屋や食堂があったらいいですよね。家族でも来やすいテーブル席や小上がりを設けて、サクッと食事できる場所。そんなお店を信濃町に増やしたいです」(静谷さん)

町酒場たまきでも、〆の一杯によく注文されているラーメン。新店舗の出店が待たれます

都会には都会のメリットがある一方で、地方だからこそ「まだ存在しないもの」を自分がつくれる余地がある。静谷さんはそうした可能性に胸を膨らませています。

移住希望者へのメッセージ:「やってよ! 可能性はめっちゃある!」

最後に、これから信濃町への移住や起業を考える人たちに向けたメッセージをもらいました。

「僕としては『やってよ!』って気持ちですね。信濃町はコストを抑えやすいし、お客さんにとっても新しいお店や選択肢が増えることは大歓迎。地元の人は応援体質で、『頑張ってる人を応援したい』という空気があります。
ただ、誰をターゲットにするのか、どんなスタイルでやっていくのかは明確にする必要があります。そこさえブレなければ、驚くほどリピーターがついてくれるはずですよ」(静谷さん)

「やってよ!」のキメ顔いただきました。

地方ならではのハンデがある一方で、大きな企業では味わえない「自由度」や「応援し合う文化」があるのもまた事実。静谷さんの物語を通して感じるのは、信濃町には「新しい何か」を受け入れる柔軟性と、地元で生まれ育った人を「おかえり」と迎えるあたたかさが両立していることです。

豊かな自然、安定した暮らしやすさ、そして自分が本当にやりたい仕事や生活を形にできるチャンス。信濃町はその全てを叶えられる町かもしれません。「地方へ戻る」という選択は、安易な道どころか、むしろ自分らしさを追求する挑戦の場になり得るように思います。

Uターン移住で人生を大きく変えた店主の姿が、この記事を読んでくれたあなたの移住や企起業への一歩を後押ししてくれることを願っています。

おまけ:町酒場たまきの人気メニュー

最後に、町酒場たまきの人気メニューを紹介します。本当に何を食べても美味しいので、ぜひご予約の上、お出かけしてみてください。

鶏のからあげ
だし巻きたまご
〆サバと新しょうがののりまき
馬肉ユッケ

町酒場たまき店舗情報

所在地:〒389-1313 長野県上水内郡信濃町古間47

営業時間:17:00〜23:00

定休日:木曜日

電話番号:026-217-7959


町民ライター 観音クリエイション

ヒップホップのトラックメーカー、ライター。音楽を作ったり、写真を撮ったり、文章を書いたりして生きています。2020年8月より長野県信濃町に移住しました。

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