ありえない、暮らし
信濃町のクラフトスクール「AIDANA」を運営する矢持さんにインタビュー。移住前後の生活の違いや、仕事観について伺いました
こんにちは。2020年8月に信濃町に移住した観音クリエイション(@kannnonn)です。
信濃町に移住してからDIYでフローリングを張り替えたり、ご近所さんからお裾分けでいただいたお花を生けたり、大きな車を運転したりと、今までやったことがないことに触れる機会が増えました。田舎暮らしは日々自分ができることが増えていくのが実感できて楽しいです。
さて今回は、2020年6月に京都市から信濃町に移住され、クラフトスクールを運営する矢持(やもち)さんにインタビューさせていただきました。矢持さんは革製品だけでなく、木工や鉄工などもこなす「作るプロ」。矢持さんが運営する教室にお邪魔して、信濃町での生活や、移住前後の仕事環境についてお話を伺います。
今回インタビューした方
矢持真澄(やもち ますみ)さん 京都府亀岡市生まれ。革鞄・革小物作家として京都市にAIDANA(アイダナ)を開業。2020年6月に信濃町に移住。 |
諦めていた田舎暮らしのチャンスが、コロナと一緒にやってきた
──まずは矢持さんが信濃町に移住した理由を教えてください。
新型コロナウイルス感染症の拡大が大きなきっかけになりました。信濃町に移住するまでは京都市でお店を構えていたのですが、他の都市部と同様、新規感染者数の増加が止まらない時期がありました。ニュースを見ながら「お店開けるの不安だな……」と思っている中、お店の近所で集団感染が発生したんです。
それで怖くなって、京都のお店は休業することにしました。教室も年配の方が多かったですし、もし僕の教室がきっかけで生徒さんにご迷惑をかけてしまったら、お店を続けられないと思って。
でもそんな状況をネガティブに考えず、「これはもしかしたら田舎に引っ越しするチャンスなんじゃないか?」と思うことにして、そこから移住先を探し始めました。
──田舎暮らしにはもともと興味があったんですか?
はい。ずっと田舎に引っ越したいと思っていました。過去に一度京都の教室の生徒さんに「実は田舎に引っ越したいんですよね」って話をしたら、「先生、それはだめですよー。みんなが黙ってないですよ」と引き止められてしまって。それ以来、田舎暮らしは無理なんじゃないかって諦めていたところはあったんです。だからコロナが追い風になったところはあります。
──信濃町以外でも移住先を探しましたか?
探しました。僕の奥さんの実家が長野市なので、そこから1時間くらいで行ける範囲だったらどこでもいいかなと思っていて。僕はとにかく田舎がいいと思っていたので、もっと山の中でもよかったんですけど、最終的には直感で信濃町を選びましたね。
──引越しを決めてから家を決めるまで、どのくらいかかりましたか?
1週間ですね。お店を閉めていて時間的な余裕はあったので、長野に来て、3~4日で十数軒回って決めました。この物件は、もともと小さな印刷所だったようです。田舎の物件ばかり扱っている不動産屋さんに紹介してもらいました。
物件が決まってからは、すぐに引っ越してきました。子どもの学校もコロナで休校でしたし、京都にいても家賃を払い続けるだけだったので、すぐに動こうと。
とりあえず子どもを奥さんの実家に預けて、引っ越しの手配をしました。工房関係の物は自分で運びたかったので、人に任せず、自分たちで3トントラックを借りて運びました。
始めは嫌だったけど、結果的によかったレザー教室
──AIDANAではどんなことをされていますか?
革小物の制作・修理・教室をやっています。作るのは名刺入れやコインケース、ポーチなどですね。移住してからは革小物以外にも、木材を使った物作りや、農業的な部分も含めて作っていきたいと考えています。
──レザー教室は最初からされていたのですか?
いえ、お店を始めたのは2010年でしたが、レザー教室を始めたのは2年後の2012年です。「レザー教室やってよ」という声はあったんですが、僕は絶対に教えるタイプじゃないと思ってやりませんでした。でも、オーダーで製品を作るだけだと、経営的に厳しくて。安い価格でオーダーを受けて、徹夜で作って。そんな暮らしを2年ほど続けていたので、身体を壊しました。辞めたほうがいいんじゃないかと思って、就職活動をしたこともあります。でもいいところが見つからなくて。それで、藁にもすがる思いでレザー教室を始めました。
──苦渋の決断だったんですね。実際に教室を始めてからはどうでしたか?
2、3年経った頃から楽しくなったんですよね。生徒さんも週に1回、または2週間に1回来てくれるので、だんだん親しくなっていって。日によってはマンツーマンで教えることもありました。そうすると、普段は繋がることのない人と普段はしない深い話もするようになるんです。教室を始めてから、僕の性格もだいぶ変わったんですよね。
──性格が変わった? 具体的にはどのように?
お店を始めた初期の頃はとにかく物作りに集中したかったので、「Time is money」と考えていたんです。お客さんが来ても「早く帰らないかな」って思っていました。当たり前のことですが、シャッターを開けているとお客さんがお店に入ってきます。そうすると接客のために毎回作業の手を止めることになって、なかなか制作に集中できない。それが苦しいなと感じていました。
それが教室を始めてからは人の話をしっかり聞くようになりました。売上も必要ですけど、それ以外にも大事なものがあるなあと。なんというか、性格は全体的に丸くなったと思います。
──僕も革製品作りに興味があるんですが、矢持さんの教室について教えていただけますか?
定員5人の少人数制で運営しています。1レッスン2時間で、それぞれのペースで取り組んでもらいます。もちろんカリキュラムはあって、必要に応じて僕がサポートします。たとえば基本の6課題というのがあって、以下のものを順番に作ってもらいます。カリキュラムをすべて終えると、大体のものが作れる技術が身につくようになっています。
課題 | 材料代 | 回数 |
①トレー | ¥1,000(税込) | 1~2回 |
②小銭入れ | ¥1,000(税込) | 3~4回 |
③コースター | ¥500(税込) | 2〜3回 |
④ノートカバー(型紙基礎課題を含む) | ¥2,500~(税込) | 4~5回 |
⑤ポシェット | ¥2,500(税込) | 4~5回 |
⑥ポーチ(サイズ選択可) | ¥2,500〜(税込) | 4~5回 |
※第1課題から第6課題まで順番に学ぶ。計18~24回程度(個人差あり)
※全くの初心者が一から学べるカリキュラム。
※基礎ができれば、後は自由制作で、生徒それぞれが自由に課題を設けて取り組む。
※別途、月謝が必要。詳細はAIDANAのサイトをご覧ください。
本当に早い人は2ヵ月ほどですべて終わらせますが、半年ほどかかる人がほとんどですね。回数に制限は設けていないので、自分のペースで取り組んでもらえればと思います。また、お茶(コーヒー)も用意しているので、休憩時間を庭で過ごしてもらってもかまいません。お昼をはさむ場合、お昼ごはんを用意して持ってきていただくのもOKです。
教室の開講時間
水曜日(月4回、第1~第4水曜日) | 土曜日(月4回、第1 〜 第4土曜日) | 日曜日(月1回、第1日曜日のみ) |
A〈10:00 〜 12:00〉 | A〈10:00 〜 12:00〉 | A〈10:00 〜 12:00〉 |
B〈12:30 〜 14:30〉 | B〈12:30 〜 14:30〉 | B〈12:30 〜 14:30〉 |
C〈15:00 〜 17:00〉 | C〈15:00 〜 17:00〉 | |
D〈17:30 〜 19:30〉 | D〈17:30 〜 19:30〉 |
──決まった課題が終われば、自分の作りたいものが作れるんですね。体験教室とかってありますか?
ありますよ。コインケースか、トレーを作っていただきます。通常教室の雰囲気も知れるのでおすすめしています。
移住前後の仕事環境や作風の変化について
──矢持さんの仕事環境について聞かせてください。都市部である京都から田舎の信濃町に移住して、仕入れ事情などの変化や、困ったことはありますか?
革は京都にいる頃から東京と大阪の商社から仕入れているので、変化はないですね。ファックスで注文できるので、どこにいようが関係ありません。必要な道具も、全部インターネットで買えます。Amazonも翌日に届いたりするので、まったく不自由ないです。
──なるほど。では作風には何か変化がありましたか?
信濃町に来てというより、子どもが生まれてから作風が変わりました。ちょうど子どもが生まれた後に、3.11の東日本大震災があって「なんか地球ヤバいな」って思うようになって。そのあたりから、未来のことを考えて作品を作るようになったんです。
僕たちの子どもが次に子どもを生むときって、環境破壊や温暖化が進んで、地球はかなり危ない状況になってるんじゃないか。それをなんとか食い止める方法はないか。そう考えるようになって、環境に配慮した作品にシフトしていきました。それまでは「クロムなめし」という革を使っていましたが、今では環境負荷の低い「タンニンなめし」という革を使っています。加工の段階で、重化学物質や重鉱石物質を使わないから、クロムなめしより環境にやさしいんですよね。
正直、京都でタンニンなめしを使って作品作りをしていたときは、環境のことを考えたいのに、環境負荷が大きい都会で暮らさなきゃいけないというジレンマがありました。でも信濃町に移住してからはその葛藤もなくなって、今は仕事も生活も、自分の人生が持続可能な方向に進んでいると感じています。
野菜も卵も肉も魚も、信濃町での自給自足の暮らし
──信濃町に移住してきて、どんな生活をされていますか?
自給自足の生活を目指しているので、仕事をしつつ田や畑をしています。最近は鶏と烏骨鶏(うこっけい)を飼い始めました。ヤフオクで有精卵を買って、孵卵器(ふらんき)で卵を孵すところから始めて。この鶏小屋も自分で作りました。
休日は、子どもたちが家の近くの川で魚釣りをするのを見守って過ごすこともあります。安全のために柵を自作してあげたんですが、その手前から餌のミミズをつけた針を投げ込むと、ニジマスがすぐ釣れています。ここは釣り人がいないので、警戒心が薄いんでしょうかね。塩焼きにすると美味しいですよ。
──野菜作りは順調ですか? 今年の収穫はいかがですか?
今年はあまり気合いを入れてやっていないんですけど、今のところ大きな失敗はないですね。畑は僕よりも、奥さんが熱心にやってます。土を触るのが好きみたいで。京都にいるときも畑を借りてやっていたくらいですから。信濃町の土はパワーがあって、肥料をあげなくても普通に育つのがいいですね。
──矢持さんのお話を聞いていると、信濃町は自然を求める人や、ものづくりをする人にとって理想的な地のように思います。
そうですね。都会だと、僕みたいに自分で何か作ったりする人って稀じゃないですか。なんなら金槌(かなづち)を持っていない人もいるくらいです。でも信濃町の人はみんな大きな倉庫を持っていて、その中にたくさんの道具が入っていて、何か必要なものがあれば自分で作るし、不具合があれば直しちゃう。それを見て「ああ、僕と同じような人いっぱいいるんだ」ってすごく強い親近感が湧いて。本当に嬉しく感じたんですよね。「ここが僕の住む場所なんだ」って改めて確信できたというか。
「レザースクール」ではなく「クラフトスクール」という看板を掲げた理由
──今後お仕事をどのように展開されようと思っていますか?
田舎でやりたいことはたくさんあるので、それをやっていきたいですね。今は革小物作りに特化した教室をしていますが、もっといろいろなことができる教室がしたいです。木工を教えたり、包丁の研ぎ方を教えたり、地域の伝統的な保存食を一緒に作ったり。
だから教室の看板も「レザースクール」ではなくて「クラフトスクール」と書いています。革製品に限定せず作ることをいろいろ教えられる、そんな教室にしていきたいですね。
──最後に、移住を検討されている方々にメッセージをお願いします。
僕自身あまり計画性がない行き当たりばったりの生き方をしているので、メッセージやアドバイスを送れるような人間じゃないのですが、その上で。
僕の今の生活って、計算していたらたどり着いていないことなんですよね。京都でお店を始めて、難しい経営をなんとかするために教室をスタートして、その教室もコロナの影響を受けて閉めるしかなくて、移住して。
そんな流れの中で僕は今、理想通りの楽しい暮らしを送ることができています。だから計画をしないことも、ひとつの手ではないでしょうか。計画していると、あれこれ考えちゃって、結局現状維持を選んじゃったりするじゃないですか。なので難しいことを考えずに「とりあえず移住してみる」という選択肢をとってみてもいいんじゃないかなあと思います。意外となんとかなるもんですよ。
まとめ
今回、矢持さんのお話を聞く中で強く思ったのが「自分が使うものをサラッと自分で作れる人ってかっこいいな……!」ということ。
革製品だけでなく、家具や鶏小屋を自分で作ったり、工房の引っ越し作業から鶏の卵の孵化までこなす矢持さんの生き方に触発されて、インタビュー中に矢持さんの革教室のレッスンを申し込んで、コインケースとトレーを作ってきました。
丁寧な教え方のもと、作りたかったものが作れるようになっていく経験はとても楽しいものでした。物作りやDIYに興味がある方は、一度、矢持さんのお店を訪ねてみてはいかがでしょうか。
AIDANA Webサイト: http://www.aidana.jp Instagram: @aidana.jp 住所:長野県上水内郡信濃町大字古間1024 TEL: 026-466-6777 MAIL: info@aidana.jp |