ありえない、田舎
家族のように迎えてくれる人がいる信濃町で、人とふれあい「匂い」のある大人になってほしい~森田次郎さんの取り組み~
東京ではウェブ関連のコンサルティング業務のかたわら、フリーランスを集めた多彩なチームプロジェクトを展開するなど、マルチな事業家としての顔をもつ森田次郎さん。一方では「教育」をライフワークとしており、自身も暮らす三鷹市では、「ふれあい教室」という、小学生を対象とした体験学習、居場所づくりの事業も行っています。
「ふれあい教室」の数ある行き先の中でも特に人気なのが、2017年からすでに何度となく訪れている、長野県北部の信濃町。地元の農家に子どもたちだけで宿泊して、夏には野菜を収穫して販売したり、冬には雪の中で遊び倒したりと、信濃町の自然や人とふれあい、子どもたちにいろいろな出会いと体験を提供しています。
「信濃町は人、そして大自然が最高です。そこに連れていくだけで最高の教育になる」と言い切る森田さん。その背景にはどんな思いがあるのでしょうか。
出会いや匂いのついた経験をシャワーのようにたくさん浴びさせたい
森田さんは東京都渋谷区生まれ、三鷹市内在住。奥様が幼い頃に通い、3人の子どもたちも通う「三鷹みずほ幼稚園」をベースに、小学生向けの体験学習教室「ふれあい教室」を主催しています。教室に参加するのは、主に三鷹みずほ幼稚園の卒園生。自由でユニークな幼稚園なので、小学校に行くと学校が物足りないと思う子がいるようです。
「学校が子どもたちの多様性を受け入れられていないだけだと思うんですよね。自分はそんな子どもたちがかわいそうだなって思っていて。答えがある勉強だけをしていてもしょうがない、そんな話を園長先生としていたら、『うちの園舎で何かやればいいんじゃない』と言ってもらえたので、毎週金曜日の放課後の時間に、幼稚園で『ふれあい教室』をはじめたんです。」
「ふれあい教室」の活動はテーマを絞りません。スポーツ選手や音楽家、CMクリエーターとふれあったり、フリーマーケットサービスを利用して自宅の不用品を売ってみたり、株のゲームで経済の仕組みを学んでみたりと、子どもが興味を持ちそうなことを次々に活動に取り入れています。先日は品川にある食肉市場を見学。今回取材に訪れた日は、その見学の総まとめという位置づけで、精肉店の日常をテーマにした映画鑑賞会が行われていました。
「子どもたちが大人の話すことや世の中の仕組みを全部理解しているかと言えば、全然そんなことはないとは思うんですけど、そういうものがあるってことをなんとなく“匂い”として知っていれば、いつか必要な時にフラッシュバックすると思うんですよね。」
「自分が『ふれあい教室』で一番大事にしているのは『人とふれあう』ことですが、もうひとつ大事にしているのが、『好きこそものの上手なれ』ってことなんですよ。
経験とか出会いとか、ふれあいというものを、シャワーのようにたくさん浴びせて、そこから“好き”を見つけてもらえればと思っています。体験しておもしろいと思えば、子どもは勝手にやりはじめると思うんですよね。だからとにかくたくさん経験させたい。信濃町に子どもたちを連れていったのもそんな想いからです。」
家族のように迎えてくれる人がいる町
森田さんは東京でたまたま信濃町主催のイベントに参加し、信濃町のことを知ったのだそう。そこで「信濃町現地ツアー」の存在を知りました。
「なんとなくおもしろそうだったから、おととしの夏に同級生と一緒に参加してみたんです。実際に行ってみて、『ああ、これはいいところだなあ』って思って。山や湖(野尻湖)があるし、飯も酒もうまいし。そして信濃町はとにかく人がいい!!
ツアーで訪れた時に、地域おこし協力隊の人たちと仲良くなって、農家さんとか、おじいちゃん、おばあちゃんも紹介してもらって、これがめちゃめちゃおもしろい人ばっかりだったんです。『このじいちゃん、ばあちゃんに子どもたちを解き放てば、最高の経験になるな』って思いましたね。」
子どもたちが日常の中ではなかなか接することのない人との出会いが何かにつながるのでは、と感じたようです。森田さん自身も幼少の頃、父親に全国いろいろなところへ連れていかれたそうで、現地の人たちからいつのまにか学んでいたことが、今の自分につながる部分もある、と感慨深そうに話してくださいました。
そして、2017年2月、森田さんが企画したツアーが開催されました。
人との出会い、自然と子どもは遊ぶ
森田さんが初めて手掛けたツアーは、雪遊びをメインとしたツアーでした。「とりあえず信濃町に連れてくる」ということを意識して、内容は地域おこし協力隊の仲間や、地元の農家さん、そして子どもたち自身に任せていたそうです。
★ツアー当日の詳細な様子はこちらをご覧ください:https://shinanomachi-iju.jp/1919/
「最初のツアーでは雪遊びだけじゃなくて、酒蔵見学なんかもさせてもらいました。農家さんのお宅ではそば打ちを教えてもらったり、子どもたちいい顔してましたよ。」
最初から子どもたちをホテルやゲストハウスなどではなく、地元の農家に泊まらせたいと考えていたという森田さん。信濃町役場の方から、中学生の農業体験を受け入れている「受け入れ農家さん」があると聞いて、これだ!と思いすぐにお願いしたのだそう。実際のところ、都会の子どもたちを受け入れた農家さんの反応はどうだったのでしょうか。
「もう家族のように迎えてくれて幸せでした。子どもたちが帰る時なんかは、涙を流しながら見送ってくれて、感動の名場面でしたよ。今度またツアーをやりたいって連絡を入れると、『いつでも好きな時においで』と受け入れてくれます。家族がふえた感じですよ。信濃町にはこういう素晴らしい教育者がたくさんいます。子どもたちも『今度はいつ信濃町に帰れるの?』ってずっと聞いてきますからね!
打ち合わせで自分だけが信濃町に行くと、『ずるい』なんて怒られちゃいますよ。」
森田さんにツアーの写真を見せてもらうと、子どもたちは都会では見せないような、とびっきりの笑顔で楽しんでいました。自然の中で、自分で遊び方を見つけるということが、子どもたちには忘れられない体験となっているようです。
「やっぱり、親の目からも離れて、自由にやりたいことに没頭できるからおもしろいんじゃないですかね。親がいるとすぐに頼っちゃって、ひとりで戦わないんですよ。だから信濃町に解き放って、じいちゃんばあちゃんとふれあうのが、一番楽しめるんじゃないですかね。自然が相手だとルールが無いから、自分たちで遊びをつくるんですよ。それって子どもにとってはすごく新鮮で、成長にもつながると思うんですね。」
初ツアー開催後も、春にはとうもろこしの苗植え、夏の収穫も企画。マルシェで収穫した野菜を売るツアーにも参加。ツアーを重ねるごとに、地元の方たちとの交流も深まっているようです。
おいしい、たのしい、しなのまち
森田さんは、最近いろいろなところで信濃町の話題にふれていて、会場の人々から「いってみたい」という反応も多いことから、今後は誰でも参加できるような信濃町ツアーをやってみたい、とも考えているそうです。
「最近は少子高齢化でネガティブな側面ばかりが言われていますけど、言い換えれば、『いろんな大人がひとりの子どもに関われる』ってことでもあると思うんです。そういう話を信濃町のじいちゃんばあちゃんとも絡めて、いろんなところでしているんですけれど、反応がすごくいいんですよ。実際にあるイベントで話したらすごく共感してくれる人がいて。実際に信濃町に来てくれました。そういう広がりが生まれてきたのは嬉しい限りです。旅行業の免許を持っている人ともつながれたので、今後は農業体験など研修プランをたくさん用意して、大人をターゲットにしたツアーもやってみたいです。」
信濃町の魅力は「豊かな人と大自然があること」だと話す森田さん。そして、その「人」との出会いこそが、子どもたちをいちばん成長させてくれる、というのが森田さんの持論です。
「これからの世界で、子どもたちが自分の人生を自由に楽しく過ごすためには、彼ら自身が、『生きていくための力』をつけないといけないと思うんですよ。でも、それって都会だけでは十分ではないと思うんです。信濃町には、そういう力を育てる素晴らしい土壌があると思いますね。信濃町のじいちゃん、ばあちゃんたちには本当に感謝・感謝・感謝です。そして、お世話になっている役場の方、今では仲間のように一緒につき合ってくれる地域の人にも感謝しまくりです。」
「子どもたちにはいろんな体験を通して、『人の機微にふれられる人間』になってほしいと思っています。それがたくましさ、強さってやつじゃないですかね。匂いのある大人になってほしいんですよ。自分のように匂いすぎるのもどうかとは思いますけどね…。」
森田さんが一滴の水滴となり、同調する人々の間に水紋のように広がっている信濃町の「自然と人」の魅力。たくさんの経験と出会いを通じて成長した子どもたちは、これからの不確定な世の中でもたくましく、幸せに生きていくのでしょう。