BBQの会場で手渡された一枚のチラシが、東京の経営者を信濃町の移動スーパー店主に変えた。
はじめまして、町民ライターの中村です。
神奈川県横浜市出身で、信濃町に移住してきました。普段は信濃町の地域おこし協力隊・シティプロモーション担当として、ふるさと納税サイトの運営や事業者様との調整をしています。別の角度から町の魅力を発信してみたいと思い、今回からライターをさせていただくことになりました。
さて、移住とやりがいのある仕事の獲得。この2つを同時に実現するのは簡単ではないと、私自身も移住してきた身として、実感しています。しかし、信濃町で移動スーパー「とくし丸」を営む杉本さんは、事業継承という形で両方を手に入れました。
きっかけは「信濃町100人BBQ」。とくし丸の前任者である安藤さんとの出会いが、杉本さんの人生を大きく変えることになりました。
今回インタビューした方
聞き手
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移動スーパーとくし丸を引き継いだ理由

中村: はじめまして、よろしくお願いします! 早速ですが、どうして「とくし丸」の後継者になろうと思ったのでしょうか?
杉本さん: 後継者募集のチラシを見て、自分がやるべき仕事だと思ったからです。このサービスのおかげで買い物ができている方々がいることや、集落の安否確認も兼ねていることに社会的意義を感じました。
また、私は運送の会社を経営しているのですが、配送業務に取り組む若い委託ドライバーたちがキャリアアップできる仕組みをつくる上で、とくし丸に可能性があると考えました。配送から販売までできる点が、若手ドライバーの成長にもつながると思って。
経営者を目指したこれまでの歩み

中村: ご自身が仕事を通して成し遂げたいことと、会社のためにつくりたい仕組みという二つのニーズを満たすのがとくし丸だったのですね。信濃町でとくし丸に出会うまで、どんな道のりを歩んでこられたのでしょうか?
杉本さん: 僕は静岡で子どものころからサッカーに打ち込んでいて、清水エスパルスというプロサッカーチームの養成チームに所属していました。 同級生が何人もプロサッカー選手になる夢を実現していく中で、僕自身はそれが叶わなくて。
夢の職業にはつけないと分かったときに、それでも「人生では勝ちたい」と思い、高校3年生だったので単純に経営者を目指すことを決めました。
経営者になるための勉強をするため、明治大学の情報コミュニケーション学部に進学しました。在学中に個人事業主としても活動を始め、資産運用や営業の経験を積みました。
その事業が上手くいき、23歳の頃には組織化。 経営者になるという目標を実現することができて、プロサッカー選手として活動している同級生たちと、収入面では肩を並べることもできたんです。
ただ、目標を叶えて達成感はあったものの、収入を増やし続けても「きりがない」という気持ちがどこかにありました。いろんな経験を積む中で視野が広がり、次第に「社会の役に立つことがしたい」と思うようになっていきました。
自分にできて、社会のためにもなり、ビジネスとして成立する仕事は何だろうと考えた結果、運送業で軽貨物を扱うことにしました。
先輩と2人でAmazon配送の会社を立ち上げたんですが、そのときに支えてくれたのが、運送業界の先輩で黒姫ガーデンの三代目でもある竹村さんです。プライベートでも親しくしてもらうようになり、彼に誘われて初めて信濃町に来たんです。
ご縁がつないだ、信濃町への移住

中村: 友人や知人に連れられて、という方は多いですよね。私も、友人の実家への用事について行ったのが信濃町に出会った最初のきっかけでした。パンを買って、野尻湖を眺めて帰ったので、そのときは引っ越すことになるなんて思いもしませんでした。
杉本さんは、その後どれくらいで移住を決めたのでしょうか?
杉本さん: 初めて訪れた時に自然の素晴らしさに圧倒されて、4回目くらいで引っ越したくなってしまいました。
配送会社を立ち上げたのと同時期に子どもが生まれたので、子育てなら東京より絶対にこっちがいいと思ったのもあります。当時、まだ一度も信濃町に来たことがなかった妻にそう伝えると「いいよ」と言ってもらえ、ちょうど「信濃町100人BBQ」というイベントがあると竹村さんに誘ってもらったので、そのタイミングで改めて家族で信濃町を訪れました。
「信濃町100人BBQ」の会場で主催者のどなぽんさんとお会いし、移住を考えていることを話したところ、すぐに「仕事はどうするの?」と聞かれたんです。自分の会社を持っているので、転居しても何かしらの仕事ができるとは思ってはいましたが、「こっちでの仕事はまだ決まっていません」と答えたら、とくし丸の後継者募集のチラシを渡してくれました。
それから1か月後にとくし丸の後任を探しておられる安藤さんに会いに行って、その場で研修の予定を立てました。冬に一度一緒に走ってみて、続けられるイメージがついたら引き継ぐことになりました。
中村: すごいスピード感ですね。冬に研修ということでしたが、杉本さんは積雪とは縁がない地域で暮らしてこられたのに、いきなり豪雪地帯で暮らすことに不安はありませんでしたか?
杉本さん: むしろ楽しみでしたね。冬に信濃町に遊びに来たことがなかったので、雪への憧れが強かったんです。

冬に再訪して、初日の午後と翌日の午前に半日ずつ、とくし丸に同行しました。2日目の午後には、安藤さんが探しておいてくれていた空き家を見に行きました。それが、東京の家賃の感覚では信じられないくらいの良い物件で。そこで即決して、住まいの問題もクリアすることができました。
中村: 信濃町では住居を探すのがとても大変で、みんな苦労するので、候補を用意してもらえたのはとてもラッキーでしたね。
とんとん拍子で仕事と住居が決まっていますが、移住までにつまずくことはなかったのでしょうか?
杉本さん: むしろ、移住した後の方が大変でした。
2か月間、とくし丸の研修をしてもらったのですが、週4日の営業日は朝5時から夜7時半まで休憩なしなんですよ。安藤さんのハードワークに心から驚きました。さらに準備にプラス半日がかかる。つまり週4.5日ノンストップでとくし丸の研修なので、その間自分の会社のことはまったく手がつけられない。研修期間は給料はありませんし、安藤さんとの意見の衝突も度々あり、続けていくことができるか確信が持てなくなってしまいました。
一度研修をストップしてもらって考えることにしたとき、妻や竹村さんなど、話を聞いてくれる人に恵まれていたのは救いでした。
また、 安藤さんと一緒にとくし丸を運営しておられた安藤さんのご主人の存在も大きく、僕と安藤さんの間に入って言いづらいことをやわらかく伝えてくれました。安藤さんともその後たくさん対話を重ね、互いの主張を聞き合えるようになりました。ご夫婦そろって、本当によく面倒を見てもらいました。
そうして「やるなら最後までやろう」と覚悟を決め、研修を続けることにしました。
とくし丸を引き継いで

中村: 迷いながらも周囲の方に支えられて、続ける決断をされたんですね。7月からお一人で走りはじめて、手ごたえはいかがですか?
杉本さん: 現場に出ながら精度をあげていくつもりだったので、大きな困りごとはなかったです。研修中にお客さんにも顔を知っていただいて、引き継ぎができて上手くできていたので、あとはどうやったらうまく回せるかを考えました。
週4日、1日20軒くらい訪問していて、最初は昼休憩も取れないくらいでしたが、運送業の知見をいかして業務改善を重ね、今はしっかり昼休憩をとり、夕方には帰れるようになりました。
中村: これまでの仕事で培ってきた考え方が、今の仕事にも繋がっているんですね。事業継承をしたことについて、良かったことと大変だったことを教えてください。
杉本さん: 良かったのは、形ができあがっていることです。収支も教えてもらえるので、どれくらいやったらどれくらい収入があるかが最初からイメージできます。安藤さんが6年かけて築き上げたお客さんや第一スーパーとの信頼関係ごと譲り受けることができるのも、とてもありがたいことでした。
難しかったのは、前任者と比べられてしまうこと。6年を2か月で引き継がなきゃいけないので、最初は特にプレッシャーがありました。安藤さんの「今のとくし丸の状況をそのまま引き継いでほしい」という気持ちも大切にしたかったですしね。
でも基礎があって自己流ができるのは、どの道でも基本なので、結果的には良かったと思います。事業継承はおすすめです。お互いが歩み寄る姿勢が大事ですね。
信濃町での暮らし

中村: 研修や引き継ぎを乗り越えて、今こうして走られているんですね。お話を聞いていてこちらまで嬉しくなりました。信濃町での暮らしについてはいかがですか?
杉本さん: 100点満点です!良い家が見つかり、ご近所付き合いも円満で、自然の中で一緒に遊べる友人もいます。雪かきとか草刈りとかも最初は大変だけど、日々それらに取り組んでいる先輩たちの背中はかっこよくて、憧れの大人が増えました。
中村: 年代も仕事も違う方々と仲良くできるのも、移住の醍醐味かもしれませんね。
前任者・安藤さんの想い

次に、前任者の安藤さんにお話をお伺いします。安藤さんはなぜ、6年続けたとくし丸を誰かに引き継ごうと思ったのでしょうか?
安藤さん: 2022年の一月が大雪で、とくし丸の営業中に足を骨折してしまって。それ以来夫が仕事をやめて手伝ってくれていたけど、やっぱり夫には自分の好きなことをしてほしいという気持ちがありました。だから、誰かほかにやってくれる人がいたらいいなと思って、数年かけてゆっくり探すつもりで考えていました。
信濃町100人BBQに後継者募集のチラシを置かせてもらったのは、とくし丸からの協賛景品を出すついでぐらいの軽い気持ちだったのです。 まさか本当にチラシを見て興味を持ってくれる人が見つかるとはね。
中村: 杉本さんとの出会いは、探し始めてすぐの出来事だったんですね。初めて会ったとき、どんな印象を受けましたか?
安藤さん: お若い!と思いました。 年の離れた地元のおじいちゃんおばあちゃんとうまく接していけるかが心配でした。でも彼はマイナスな亊は言わなかったし、真冬の雪の中研修をしたときも、ずっと景色が綺麗で最高だって楽しそうにしていて。こういう気持ちの人だったら大丈夫だろうと思えました。
中村: 私も初めてお会いした時、なんて明るい人なんだろうと驚きました。6年続けたとくし丸には様々な思い入れがあったと思いますが、引き継ぎの際に大切にしたかったことは何ですか?
安藤さん: お客さんがサービスを変わらず利用し続けられるよう、そのままの形で受け継いでほしいという想いが強くありました。お客さんがいつも買うものをちゃんと揃えてもらえるかな、使い勝手が変わって不便させないかなと心配していたけど、今となってはあんなに気にしなくてよかったなと思っています。杉本くんのラインナップでのお買い物も楽しいでしょうしね。
町で利用者さんに会うと、私が運営していた頃のとくし丸を懐かしがってくれる人もいるけれど、これから杉本くんとの時間が長くなるにつれて今のとくし丸に慣れていってくださる と思っています。
中村: 「とくし丸は買い物という喜びを届けるお仕事」だと過去のインタビューでおっしゃっていましたが、事業継承という形でとくし丸が続いていくことへの想いを聞かせてください。
安藤さん: 長年福祉に携わってきて、家で食事ができれば施設に行かずにすむ人が増えると思っているから、必要な人がいるうちはこのサービスを繋げてほしいです。
一軒訪ねると、ご近所さんも出てきて買い物がてらお話をしていくこともあるんです。スーパーで偶然会っておしゃべりするのが楽しいように、とくし丸はご近所同士のコミュニティの場にもなっているから、これからも楽しい時間をなるべく多くの人に過ごしてもらいたいと思っています。
中村: ありがとうございました。安藤さんのお話を聞き、とくし丸が地域の買い物を支えるだけでなく、人と人をつなぐ役割も担っていることを実感しました。
はじめの一歩は、町に来てみること

中村: 最後に杉本さんから、移住を考えている人へメッセージをお願いします。
杉本さん: 住む場所と仕事と、家族の了承。この3つが揃えば移住はできると思います。
そのためにも、まずは信濃町に遊びに来たり、東京での移住イベントに顔を出してみるのがおすすめです。役場の方々も気さくなので、気になることがあったらどんどん電話してみてください。僕も信濃町100人BBQでの出会いがきっかけで、移住と仕事が一気に現実になりました。
取材後記
杉本さんの移住のきっかけが「人との出会い」だったことがとても印象に残りました。竹村さん、どなぽんさん、そして安藤さんご夫妻。たくさんの人との関わりの中で、杉本さんの信濃町での暮らしが少しずつ形になっていった様子が目に浮かぶようです。
私自身も、単身で信濃町へ越してきて、一人暮らしも車の運転も初めてという状態からのスタートでした。それでも、住まいや暮らしのこと、冬の雪かきまで、周りの方がやさしく教えてくださり、助けていただきながら日々の生活を送っています。
お話を聞きながら「まずは町に来てみること」の大切さを実感しました。そこには、思いもよらない出会いや可能性が待っているのかもしれません。
Written by
信濃町地域おこし協力隊
中村萌乃
神奈川県出身。長野市に4年ほど通い、2024年の春に移住。より自然に近いところで暮らしてみたくなり、同年10月から信濃町の地域おこし協力隊として活動しています。