子どもを自然の中でのびのび育てたい――そんな想いから長野県への移住を検討する人は少なくありません。でも、どう自然に入っていけばいいのか、安全に子どもを連れて行ける場所や案内人を見つけるのは難しいもの。そんな方におすすめしたいのが、信濃町で開催されている「森のおはなし会」です。
森林セラピーが「癒しの森」として町の事業となっている信濃町には、森のプロフェッショナルがたくさんいます。そんな森の案内人「信濃町森林メディカルトレーナー(以下、トレーナー)」と黒姫童話館がタッグを組んで、年に3回開催されている「森のおはなし会」。黒姫童話館の目の前にある「御鹿池コース」と呼ばれる森の遊歩道の中で、絵本や紙芝居の読み聞かせが行われる、この町ならではのイベントです。
2025年9月末に行われたこのイベントに同行し、実際に関わっている方々を取材してみると、これが単なる屋外での絵本の読み聞かせではなく、信濃町の森と人をつなぐ特別な時間だということが分かりました。
はじまりは、童話館のコンセプトを、森の中で“実体験”にすること

森のおはなし会の構想がスタートしたのは2017年のこと。トレーナーのひとりである間瀬理江さんが、黒姫童話館の学芸員(現・黒姫童話館係係長)である山原清孝さんに話を持ちかけたことがはじまりでした。
間瀬さんが当時課題として感じていたのは、信濃町は癒しの森事業を行っていながらも、町に住む子ども達がその森のコースを体験できるような機会が多くないこと。「童話館という子どもが楽しめる施設の目の前に素晴らしい森があるのですから、この二つをつなげることができれば、この場所にもっと多くの子ども達に来てもらえるのではないかと思いました。そこで森の中での絵本の読み聞かせをご提案させていただいたのです」と間瀬さんは当時を振り返ります。
一方で山原さんも、童話館の周りの自然環境をもっと活かす方法を探していたといいます。「童話館は児童文学と自然が一緒に楽しめる場所というコンセプトで作られました。でも、イベントやそれまであまりやっていなかったんです。ひとときの会※ の方々との交流の中で、何か始めるきっかけを探していました」
※ 信濃町森林療法研究会 ひとときの会
信濃町森林メディカルトレーナーが所属する任意団体
お二人の想いが形となり、2017年秋に「森のおはなし会」の前身となる「童話の森は絵本の森」が町民向けに開催されました。町内参加者からのポジティブな感想が後押しとなり、2018年からは町民にかかわらずどなたでも参加できる形で、年3回開催されることとなり今に至っています。
絵本と森がつながる瞬間

間瀬さんが森の中での読み聞かせの構想を抱き始めたのは、ある実体験がきっかけでした。
「別のプログラムで子ども達と森で過ごしていたときに、『三匹のくま』という絵本のさわりを読んでみたことがあります。そのとき、子ども達の顔つきがガラッと変わったのが印象的だったのです。 その絵本には杉林の絵が描かれていて、目の前の森の風景と絵本の絵が結びつきます。森の香り、川の流れる音、風の音。物語の世界がすぐそこにある。この臨場感を子どものときに感じるのはとても大事なことだと思いました」。
山原さんも、自然と童話のつながりについて、「どの国の物語でも、自然の大切さや自然に対する畏れなどが描かれているものが多くあります。例えばアンデルセン童話には『もみの木』というお話がありますし、日本の童話だと『もちもちの木』というお話がありますが、この木はトチノキが主役。どちらの木も黒姫童話館の敷地内で見ていただけるんですよ」と語ります。
ちなみに、黒姫童話館では、自分の好きな絵本を館外に持ち出して、童話館のある高原の自然の中でゆっくり読むことができる「森の図書館」という本の貸し出しサービスも提供されています。
ある秋の日の「森のおはなし会」
では実際にどんな体験ができるのか。2025年9月28日に開催された「森のおはなし会」に同行させていただきました。
朝9時過ぎに童話館に到着すると、スタッフであるトレーナーの方々がすでに準備を始めていました。中心メンバーは、「森のおはなし会」の運営を担当されている西澤英代さんと、このイベントの立ち上げを間瀬さんとともに行った細田さとみさん。

山原さんとともに当日の天気や森の様子を確認しながら、読み聞かせや遊びの順番、どの場所で行うかなどを入念に相談されていました。
参加者が集まり始めました。町内から何度も参加しているという親子、東京から友人に誘われて来たという男性、初めて参加するという親子連れ。20人の定員を超える大盛況ぶりです。

10時、いよいよスタート。トレーナーの皆さんが明るく挨拶し、今日のコースや注意事項を伝えます。子ども達は少し緊張した様子ですが、「森でなにが見つかるかな?」という細田さんの問いかけに、目をキラキラさせていました。
とてもあたたかい日でしたが、森に入るとすぐに秋の気配。落ち葉を踏みしめる音、木々の間を抜ける風。姿は見えないけれど鳥の声も遠くから聞こえます。

トレーナーの皆さんが、植物や木の実について丁寧に説明してくれます。子ども達はそれらを夢中になって拾い集めて、袋の中にコレクション。大人の参加者もトレーナーから香りのある植物の枝を渡されて、「いい匂い、癒やされる」と森の時間を楽しみながら歩みを進めていきます。

しばらく歩いて杉林に着くと、最初の読み聞かせの時間。トレーナーのひとりが絵本を読み始めます。歩いていたときは賑やかだった子ども達も、読み聞かせが始まると静かになり、真剣にお話に入り込んでいました。
さらに歩いて御鹿池にたどりつくと、黒姫山を背景に、紙芝居の登場です。

山原さんが舞台を使って演じる紙芝居に、子ども達は釘付け。秋の森にぴったりなどんぐりのお話のあとに、おいしそうな食べ物が出てくるお話が終わると、「パパ、お腹すいたよー!」というかわいい声が上がっていました。

途中、遊びの時間もありました。木のベンチの上にいろんな形や色をした木の実や葉っぱがズラリと並べられています。一人ひとりに厚紙が配られ、トレーナーからは一言「これで自由に作品を作ってください」。

子ども達は早速お気に入りの葉や実に手を伸ばして、自分だけの作品を作り上げていきます。夢中なのは子どもだけかと思いきや、大人の参加者も真剣な表情で材料を選び、ユニークな作品を仕上げていました。

最後は出来上がった作品を鑑賞しあって、これはいいね、あれは面白いね、と大いに盛り上がった時間でした。
またさらに森の出口の方へ歩いていき、少しひらけたところで最後の絵本の読み聞かせ。今度のお話は大人も考えさせられるようなストーリーで、うなずきながら話を聞く参加者も。

西澤さんは、絵本選びについてこう話します。「1回の開催の中で2~3冊、別々のスタッフが絵本を読むのですが、基本的に子ども達に分かりやすく、かつ季節や森の風景に合うものを選んでいます。でも最近は、あえて大人向けのものを1冊は読んでもらうようにしているんです。大人にこそ響くストーリーもあって、大人の参加者にとって貴重な機会になると考えています。少し難しいかなと思った絵本でも、意外に子ども達の反応が良かったりもするんですよ」。
12時、森を出て童話館前に戻ってクロージング。「楽しかった!」という子ども達の声と、リラックスした表情の大人達。2時間の森の時間が終わりました。
参加者の声
参加された方々に話を聞いてみました。
お子さん二人と参加したお母さんは、「参加する予定だった夫が急な仕事で来られなくなって、子ども二人と私で大丈夫かなと心配だったんです。でもその心配をよそに、ガイドの方々が子ども達をすごく気にかけてくださって、安心しておまかせでき、自分自身リラックスできる時間が取れました。子ども達もとても楽しそうだったので、親子での参加はとってもおすすめです」と話してくれました。
東京から参加したという男性は、「スタッフの中に友人がいて、声をかけてもらって参加しました。こんな素晴らしい森があるんだと、終始癒やされっぱなしでした。最高です」とにっこり。
町内から何度も参加しているという親子は、「毎回違う物語と遊びで楽しませていただけて、子どもがのびのびと森の中で過ごせています。大人も、植物や生き物について詳しいガイドさんから新しい知識を得られるので、子どもそっちのけで楽しんでいます」と笑顔で語ってくれました。
春夏秋、それぞれの森を楽しむ

年3回、春、夏、秋に開催される森のおはなし会。季節ごとにまったく違う体験ができるのも大きな魅力です。
「春は新緑、夏は森の中で水に触れたり、秋は紅葉や木の実を使った遊びをしたりなど、季節ごとに森の中でしか味わえない体験ができるよう、トレーナーさんが工夫してくださっています」と山原さん。
立ち上げメンバーの細田さんは「事前打ち合わせやコース下見を重ねて、天気や気温への対応も入念にしています。お山の上の天気は予報とは全く違うことも多いですから。老若男女、どんな方がいらっしゃっても対応できるように、季節に応じて持ち物や服装などもトレーナーがフォローしますので、どなたにもぜひ気軽にお越しいただきたいですね」と話してくれました。
イベントの広がり
山原さんによると、開催を重ねる事に参加者が増えて、すぐに満席になってしまう回もあるそう。
「当初はほとんどが地元のリピーターでした。自分の子どもを自然に触れさせたいと考えたとき、トレーナーがいると安心して森の中に入れるのでありがたいと言って毎回来てくださっていたんです。最近はそこまで宣伝しなくても町内外からお申し込みを多くいただけるようになりました」
コロナ禍で一時中断した時期もありましたが、2021年以降は少しずつ活動を再開。地元の保育園の遠足で利用されたり、クラウドファンディングのリターンとして貸し切り開催したり、近隣大学のゼミが授業で訪れたりと、新しい形での広がりも出てきているそうです。
「信濃町の子ども達が森に入る教育ができる場面があるといいですね」と山原さん。今後については、「年3回のペースは続けていきたいですね。黒姫童話館の施設の活かし方につなげていけることができれば。例えば本を読める空間を広げていくとか。この施設でしかできない体験をしてもらいたいです」と話します。
まとめ

地方移住を子どもと一緒に考えるとき、環境選びはもちろん大事ですが、その環境を活した取り組みがあるか、そしてその取り組みに参加しやすいかどうかも重要なポイントではないでしょうか。
「子ども達に自然を体験してほしい」という思いを持った人たちが、その思いを形にした「森のおはなし会」は、森に入るための知識や準備に不安がある方も、お子さんと安心して参加できるイベントです。
次回の森のおはなし会は2026年5月に開催予定とのこと。季節ごとに違う森の表情と、それに合わせた物語。信濃町での暮らしに興味がある方は、まずこのイベントに参加してみるのはいかがでしょうか。
森の香りと一緒に残る楽しい記憶。それが、この町で暮らすきっかけになるかもしれません。
● 黒姫童話館「森のおはなし会」への参加などの詳細は、黒姫童話館の公式サイトやInstagramでご確認ください。
Written by
ライター
よしし
兵庫県出身。2019年に信濃町に移住してきました。仕事の空き時間を見つけては野尻湖に浮いたり、森歩きをしたり、愛猫4匹とゴロゴロしたりするのが至福です。